喪失体験

人は誰しも生きているうちに、日ごろ慣れ親しんだ対象を喪失する経験をするのではないでしょうか。その時の悲しみにどのように耐えるかは大きな課題といえるでしょう。
一般に人間は愛情・依存の対象を失った場合,数ヶ月から1年程度で,その悲しみから立ち直ると言われています。しかし、ただ時間がたてば自然に忘れてしまうというわけではありません。一年の間に対象を思い出したり、対象について共通の知り合いと話したり、対象に関わる物を整理したり、対象との別れの儀式を経験する中で、さまざまな感情体験を繰り返し、対象への断念と受容の心境に達することが出来るといわれています。そしてそのような心境に達することができるまでは,折に触れ,激しい苦痛や,悲しみ,ときにはどうにもならない思慕の情や怒りがこみあげて,失った対象のことに心を奪われてしまう、と言われています。

対象喪失時に現れる一般的な反応

対象喪失、特にその形が死別である場合には一般的に次のような反応が表れます。こういった反応そのものに驚いたり、罪悪感を持ったりする方もいらっしゃいます。しかし、これらは対象喪失を経験した者であれば誰しも経験する、自然な反応です。

1.死と取り組むこと,あるいはただ死について考えることさえ恐れる気持ち。特に,悲哀の感情を整理するプロセスに自分自身がはいることなどできないだろうという思いこみ。
2.死を防いだり,引き延ばしたり出来なかった事への恥の意識。
3.死に関わった人たちへの怒り。
4.死やそれに関わった人たちに対して破壊的な思いが浮かんできてしまうことに関する罪悪感や恥の意識。
5.故人は死んでしまったのに,「死に値する(と思う)」自分が生き残った事への罪悪感。
6.故人との一体化や同一化への恐れ。
7.乗り越えられないように思える喪失に対する圧倒的な悲しさ。

喪失への対処法

しかしながら、こういった反応があまりに辛く怖いものであるために故人に関して考えたり,故人に関する物のいっさいをさけたり,あるいは悲しみの時期にサポートしてくれる人が少なかった・・・といった様々な事情で,故人に関する思いを整理する機会に恵まれなかった人は,いつまでも落ち込みから抜け出すことができず,時にはうつになってしまうこともあります。
カウンセリングでは主に,喪失に対する考えや感情を整理していきます。喪失の対象はどんな人だったのか,どんな長所短所を持っていたのか,それについて自分はどう思っていたのか・・・故人の短所を上げることをためらう方もいらっしゃいますが,人間ですから長所と短所があるのが自然なことです。故人の生前には,その両方を認めながらも,その全体像を受け容れて付き合っていたのですから,それが正直で誠実な姿ではないでしょうか。
また死の前後の状況も整理していきます。対象の死に対して,人は多かれ少なかれ責任を感じることが多いものです。そしてその責任は,実際以上に大きすぎる場合が少なくありません。死の前後の状況をカウンセラーと話し合うことによって,その状況をもう一度客観的に振り返り,「自分の責任」がどれほどか再検討することで,罪悪感や自責感の軽減につながり,対象の喪失を受け容れやすくなります。

参考文献
デニス・E・ウィルフリィ、K・ロイ・マッケンジー、R・ロビンソン・ウェルチ、バージニア・E・エアズ、マーナ・M・ワイスマン著 水島広子訳 2006 グループ対人関係療法 創元社
小此木啓吾 1979 対象喪失 中公新書

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